有毒プランクトン図鑑


アレキサンドリウム タマレンセ
学名 Alexandrium tamarense (渦鞭毛藻)
麻痺性貝毒原因種



(形態)
 長さも幅も24〜35μmで、ほぼ球形をしている。広くて深い横溝が細胞の周囲を一周してい
る。この溝の端は鋭く盛り上がっている。細胞の色彩は褐色から濃厚な暗赤褐色を呈してい
る。増殖の盛期には進行方向に2連鎖した個体が良く観察される。天然で4連鎖を超えること
はない。単体の場合、上殻をやや左右に振りながらほぼ直線的に遊泳する。細胞表層にセル
ロース質の殻(鎧板)を有し、この模様が分類の基準となる(写真左下)。

(生活環)
 一年の殆どの期間を休眠接合子(シスト)として海底泥中で過ごす(写真右下)。水温が好適
な水準(15℃以下)に達するとシストから栄養細胞が発芽し、海水中で活発に増殖する。この
遊泳細胞の大量出現が貝毒発生の原因となる。栄養細胞の出現後期なると遊泳接合子(プラ
ノザイゴート)と呼ばれる大型で黒色の細胞が見られるようになる(写真右上)。遊泳接合子は
徐々に遊泳能力を失って海底に沈降し、再び休眠胞子となるため、この出現は栄養細胞発生
の終期が近いことを知らせてくれる。
 休眠接合子(シスト)はムコポリスリンという頑強な皮膜に包まれており、海底泥中で長期間
生存できる。その密度は数千細胞/1g海底泥を超えることもある。このシストは寒帯域では
越冬、温帯域では越夏に重要な役割を演じている。シストは15℃以下の水温で発芽する。
 冷水性の渦鞭毛藻なので、20゚C以下の水温で出現し、多くは6〜15゚Cの範囲で頻発する。
培養での最適増殖温度は15〜20゚Cの範囲で得られるが、天然ではこの水温帯に達する前
に有性生殖を行い、速やかにシストへ移行するようである。

(分布・過去の発生状況)
 分布は北海道や東北の東海岸が中心であり、西日本では冬季水温が10゚C近くまで低下す
る三河湾、伊勢湾、瀬戸内海全域で発生が見られる。対馬暖流が卓越する日本海側、黒潮が
洗う西日本の太平洋側にはほとんど出現しない。
 本種の出現には明瞭な季節性が見られ、北海道海域では6〜9月の夏季、東北や西日本で
は12〜5月の冬季から春季にかけてブルームを形成する。
 世界中の高緯度地方を中心に分布する凡世界種である。高緯度地方では結氷下でも発生
するという。西日本のような温帯域は分布の南限であると考えられる。

(毒性)
 本種は猛毒成分であるサキシトキシン群を産生する。プランクトン試料ではC1+C2とGTX1+4
を多く含み、GTX2+3やneoSTXなどが副成分として含まれる。二枚貝やホヤなどのろ過食性生
物は全般的に毒化しやすい。ただ毒化の期間や毒性は同じ海域でも生物によって異なり、ホ
タテガイ、ムラサキイガイで高毒化し、マガキやアサリの毒化は低レベルに留まる傾向が見ら
れる。またホタテガイでは蓄積した毒が長期間保持されることも知られている。毒化した貝類
中では強毒成分であるGTX2+3の割合が高いことが多い。
 貝類に弱い細胞毒性を示すため、高密度の赤潮などでは貝類に傷害を引き起こす可能性も
ある。ただし赤潮の発生は極めて希である。

(その他)
 本種とほぼ同じ形態の種類に、アレキサンドリウム カテネラが知られており、通常の顕微鏡
観察では両種を判別するのは難しい。希に両者が混在して発生することもある。
 。冬季から春季にかけ、水温が上昇し始めると海底泥中の休眠胞子(シスト)から発芽・増殖
し、これが二枚貝に摂餌されると毒化を引き起こす。発生時期は水温と密接な関連がある。



アレキサンドリウム カテネラ
Alexandrium catenella (渦鞭毛藻)
麻痺性貝毒原因種



(形態)
 長さは21〜38μm広くて深い横溝が細胞の周囲を一周している。溝の端は鋭く盛り上がって
いる。細胞の色彩は褐色から濃厚な暗赤褐色を呈している。赤潮を形成することも多く、その
場合鉄さびのような強い赤褐色を呈する。通常2〜4連鎖を形成している。天然では8連鎖を
超えることはほとんどない。形態学的にはタマレンセとの区別が困難で、通常の顕微鏡観察で
両種を判別するのは難しく、鎧板の精査が必要である。腹側上殻に位置する第1頂板(写真右
上の菱形の模様)に腹孔が認められないのが特徴である。遊泳動作もタマレンセと同様であ
る。

(生活環)
 タマレンセ程顕著ではないが、発生の後期になると遊泳接合子(planozygote)と呼ばれる大
型で黒色の細胞が見られるようになる。遊泳接合子は徐々に遊泳能力を失って海底に沈降
し、休眠胞子となる。休眠接合子(シスト)はタマレンセ同様ムコポリスリンという頑強な皮膜に
包まれており、海底泥中で生存できる。シストの大きさや形態もタマレンセのそれとほとんど区
別がつかない。発芽には季節性がないと考えられる。
 水温が15〜25゚Cの範囲で出現が最も見られる。特に水温20゚C前後で頻発する。培養での
至適増殖温度は25゚C前後である。シストの発芽は17.5℃以下で見られる。

(分布・過去の発生状況)
 黒潮や対馬暖流の影響が見られる西日本が基本的に分布の中心であるが、三陸沿岸や北
海道噴火湾でも希に発生が見られる。本邦沿岸に出現する4種麻痺性貝毒原因種の中で出
現頻度の最も多い種である。
 西日本では水温上昇期の4月〜8月に主に発生するが、冬季水温の高い九州西岸域では
冬季に頻発する。三陸沿岸での発生も主に秋季である。このため、アレキサンドリウム タマレ
ンセと比較すると、発生の季節性はあまり見られない。西日本では赤潮の発生も度々観察さ
れる。世界中の亜熱帯から温帯域にかけて分布する凡世界種(コスモポリタン)である。
 有毒種はあまり赤潮を形成しない種類が多いが、本種は頻繁に赤潮を形成する。赤潮の記
録は九州沿岸から瀬戸内海にかけて報告が見られる。本種の赤潮は長期間継続することは
少なく、表層のパッチが潮汐や風で逸散したり、繊毛虫などの捕食活動で一気に減少すること
が多い。
 本種の赤潮は夜間強く発光する。アメリカインデアンは夜間に渚が光るときは貝を食べない
よう習慣づけられていたが、そうした地方では古くから本種による貝類毒化が頻発していた。

(毒性)
 本種も猛毒成分であるサキシトキシン群を産生するため麻痺性貝毒の原因となる。毒成分
はC1+C2を80%以上含み、GTX1〜6やneoSTXを副成分とする。形態学的に類似しているアレ
キサンドリウム タマレンセと比較すると、C-toxinの比率が高く、またタマレンセにはほとんど
検出されないGTX5と6が含まれるため毒性学的に区別は可能である。二枚貝やホヤなどのろ
過食性生物は全般的に毒化しやすい。強毒成分であるGTX群の比率がタマレンセよりも低く、
しかも細胞あたりに保持している毒の量もそれの三分の一であるため、毒化が始まる細胞密
度はタマレンセよりも1桁以上高い密度で始まる。
 魚毒性はほとんどないと考えられる。また、貝類に弱い細胞毒性を示すため、高密度の赤潮
などでは貝類に障害を引き起こす可能性も否定できない。1997年に徳山湾で発生した赤潮で
は潮間帯に生息するマガキなどが斃死していた。

(その他)



アレキサンドリウム タミヤバニチ
Alexandrium tamiyavanichii (渦鞭毛藻)
麻痺性貝毒原因種



(形態)
 細胞の長さは28〜40μmで球形。やや深い横溝が細胞の周囲を一周している。他のアレキ
サンドリウムなどと比較して溝の幅はやや狭く、端の盛り上がりも若干弱いが、通常の顕微鏡
での区別には熟練を要する。細胞の色彩は濃厚な暗赤褐色を呈している。通常8〜16連鎖以
上を形成する。天然では32連鎖を超えることは希であるが、培養では100連鎖を超える。

(生活環)
 他のアレキサンドリウム属同様、生活環の中で有性生殖と休眠胞子形成を行う。
 本種は熱帯性のプランクトンであり、水温25〜30゚Cの範囲で良く増殖する。最適増殖水温
は27.5゚Cである。また水温が15゚C以下では全く増殖できない。天然でも水温が15℃を超え
る期間にのみ発生が見られる。沖縄では最高水温期に発生が見られるが、瀬戸内海では水
温下降期である晩秋に発生が集中する。この理由は不明である。

(赤潮形成の有無)
 日本では事例がないが、タイやベトナムでは赤潮を引き起こすこともある。

(分布・過去の発生状況)
 主に東南アジアなどの熱帯域を中心に分布する。本邦は分布の北限で発生も西日本海域に
限定されている。
 低密度での出現は三浦半島の油壺で1982年頃から報告がみられていたが、大規模な発生
と貝類毒化は1999年と2001年に香川県から徳島県にかけての海域で発生した。しかしなが
ら、本邦沿岸で発生する4種の麻痺性貝毒原因種の中では、最も発生頻度の低い種である。
晩秋の発生時には沿岸や内湾より沖合で出現密度が高い傾向にあり、幸いに貝類養殖漁場
と重なることが少ない。

(毒性)
 本種は猛毒成分であるサキシトキシン群を産生する(下図参照)。C1+C2, GTX2+3, STXを多
く含み、これ以外にもGTX1+4やGTX5などが副成分として含まれる。単位濃度あたりの比毒性
が非常に高いGTX2+3やSTXを多く含むので、他のアレキサンドリウム属と比較すると低密度
の出現でも毒化しやすいと判断される。
 なお室内実験ではマガキなど二枚貝幼生に2,000 cells/mL以上の密度で致死的作用を示
す。本邦では例がないが、東南アジアなどでは赤潮を形成することもあり、養殖貝類のへい死
にも注意が必要。

(その他)
 アレキサンドリウム属で16連鎖を越えて長く連なる種は、本種の他にアレキサンドリウム ア
フィネ(Alexandrium affine)とアレキサンドリウム フラテルキュラス(Alexandrium fraterculus
が知られている。タミヤバニチ以外は麻痺性貝毒を産生しない。

ギムノディニウム カテナータム
Gymnodinium catenatum (渦鞭毛藻)
麻痺性貝毒原因種



(形態)
 長さ30〜45μm、幅30〜43μmで、単独で遊泳することは希で、ほとんどが8〜32個体の長い
連鎖を形成する。連鎖の各連結部分は粘液糸で結合しているためフレキシブルであり、連鎖
個体群は左右にうねりながら泳ぐ。その様子はまるでウミヘビの遊泳そのものである。細胞の
表面に殻を持っていないために脆弱で、わずかな刺激で球形化したり断片化して同定が困難
となる。

(生活環)
 細胞の状態が悪化すると褐色の殻に包まれたシスト(写真右下)を形成し海底泥中に沈降す
る。しかしこのシストは条件が整うと2週間程度ですぐに発芽して元の遊泳細胞に戻る。シスト
の殻は分解しないため、海底泥中で埋没し化石化する。少なくとも3000万年以上前の堆積
物から本種のシストが産出することから、絶滅の危機を逃れてきた生きた化石種と言える。

(分布・過去の発生状況)
 元々の分布は東南アジアやメキシコ湾岸など熱帯が中心の凡世界種である。ただし、低水
温側での適応性が高いため、温帯域である西日本にも分布している。日本では冬期水温の高
い西日本海域に分布する。
 
(毒性)
 本種は麻痺性貝毒成分であるサキシトキシン群を産生し、西日本各地で二枚貝の毒化を引
き起こしている。秋から春にかけての水温下降時期に多発するが、夏場にも出現が見られる
ことがあり、出現の予測が非常に困難である。100 cells/L以上で二枚貝が毒化する可能性が
ある。アレキサンドリウム属ではあまり毒化しないマガキも高毒化するので注意が必要。毒成
分はC1+2が80〜90%を占め、GTX2, 3, 5, 6が副成分として含まれる。毒性学的にみると、
GTX1+4が含まれないことでアレキサンドリウム属とは容易に区別できる。魚毒性などについて
は不明である。二枚貝に直接毒性を及ぼすことはない。

(その他)
 本種に類似した種として、コクロディニウム ポリクリコイデスとギムノディニウム インプディ
カムが知られているが、いずれも麻痺性貝毒成分を産生せず、形態的特徴から区別が可能で
ある。



ディノフィシス フォルティー
Dinophysis fortii (渦鞭毛藻)
下痢性貝毒原因種



(形態)
 細胞は長さ40〜75μmで、全体的に扁平なナス型をしている。ディノフィシス アキュミナータ
に酷使しているが、細胞がやや大きいこと、縁翼片と反対側の下部の膨らみがなだらかになっ
ていることなどから区別可能である。厚いセルロース質の殻に覆われており、殻の表面には多
数の丸い窪み(ディンプル)が散在しているのが通常の顕微鏡でも分かる。

(生活環)
 ディノフィシスの仲間は耐久性の休眠胞子(シスト)を形成しないと考えられている。従って、
栄養細胞の形態で存在しているが、その生理学的特性については残念ながらほとんど分かっ
ていない。

(赤潮形成の有無)
 赤潮の報告例はない。

(毒性)
 本種は下痢性貝毒の原因となる有毒種で、オカダ酸、ディノフィシストキシン5などを主成分と
し、副成分としてペクテノトキシンなどを含有する。いずれもポリエーテルと呼ばれる脂溶性の
毒素である。ただし直接下痢の原因となるのは全2者である。これらの毒素はタンパク質のリ
ン酸化を強くすることから、発ガン性についても指摘されている。

(分布・過去の発生状況)
 北海道から九州まで、内湾から沖合まで幅広く分布している。発生時期は東北・北海道海域
では初夏から真夏、西日本では春先に集中している。特に北海道や東北沿岸では多量に発
生し、下痢性貝毒の原因となっている。しかしながら西日本では貝類の毒化例はいまのところ
報告がない。

(その他)



ディノフィシス アキュミナータ
Dinophysis acuminata (渦鞭毛藻)
下痢性貝毒原因種



(形態)
 細胞は長さ30〜45μmで、極めて偏平な形をしている。細胞の前部と側面に翼のような構造
物を有している。全体の形はほぼ卵形である。

(生活環)
 ディノフィシスの仲間は耐久性の休眠胞子(シスト)を形成しないと考えられている。従って、
栄養細胞の形態で存在しているが、その生理学的特性については残念ながらほとんど分かっ
ていない。

(赤潮形成の有無)
 赤潮の報告例はない。

(分布・過去の発生状況)
 日本全国に分布し、ほぼ周年出現が認められる。

(毒性)
本種は下痢性貝毒成分(オカダ酸、ディノフィシストキシン、ペクテノトキシン)を産生すると考え
られている。西日本沿岸ではしばしば100〜1,000 cells/Lの高濃度で観察されるが、二枚貝の
毒化例はこれまでのところない。

(その他)



ディノフィシス ノルベギカ
Dinophysis norvegica (渦鞭毛藻)
下痢性貝毒原因種



(形態)
 細胞は長さ50〜80μmで、全体的に扁平なナス型をしており、ディノフィシス・フォルティーに
大きさが似る。しかし下部が漏斗状に鋭利になっており区別は容易である。厚いセルロース質
の殻に覆われており、殻の表面には多数の丸い窪み(ディンプル)が散在しているのが通常の
顕微鏡でも分かる。


(生活環)
 ディノフィシスの仲間は耐久性の休眠胞子(シスト)を形成しないと考えられている。従って、
栄養細胞の形態で存在しているが、その生理学的特性についてはほとんど分かっていない。

(赤潮形成の有無)
 赤潮の報告例はない。

(毒性)
 本種は下痢性貝毒の原因となる有毒種で、オカダ酸、ディノフィシストキシン5などを主成分と
し、副成分としてペクテノトキシンなどを含有する。

(分布・過去の発生状況)
 北海道から東北の太平洋側やオホーツク沿岸で観察される。冷水性の渦鞭毛藻なので西日
本や日本海側にはほとんど分布しない。

(その他)



カレニア ブレービス
Karenia brevis (渦鞭毛藻)
神経性貝毒原因種



(形態)
 長さは18〜30μm、幅が20〜50μm。一見西日本で頻繁に赤潮を形成するカレニア ミキモ
トイに良く似るが、細胞の幅が長さに比べかなり長く、背腹に著しく偏平である。細胞の中央部
がくびれているので、全体的に蝶々のような形態を呈する。上錐の頂端がややコブ状に盛り上
がっている。細胞の色調は淡い緑黄色である。ゆっくりと旋回しながら直線的に遊泳する。

(生活環)
 類縁種のカレニア ミキモトイとほぼ同じ生活環である。シストの存在は知られていない。

(赤潮形成の有無)
 日本では、単独で赤潮を形成することは希で、ミキモトイの赤潮海水中などに混在することが
多い。アメリカのフロリダ沿岸では大規模な赤潮を形成することで知られている。

(分布・過去の発生状況)
 世界中の熱帯から温帯域に分布するコスモポリタンである。

(毒性)
 本種はアメリカのフロリダ沿岸で大発生し、魚介類の大量斃死をもたらしている。ポリエーテ
ル化合物であるブレーベトキシンを産生し、これが魚介類の斃死と関係があると考えられてい
る。この毒素は二枚貝などにも蓄積し、貝類を毒化させるらしい。しかしながら、日本では本種
による魚介類斃死や貝類の毒化例はない。

(その他)




戻る
戻る