2.水産生物に対する影響実態と評価
1)魚類に対する影響実態と評価
(1)ビテロジェニンによる影響評価
測定手法と沿岸域汚染実態
大久保信幸・松原孝博(北水研)・持田和彦(瀬戸内水研)・長江真樹(長大環)・足立伸次・原 彰彦(北大水)

 環境水中に含まれるエストロジェン活性を持つ化学物質(環境エストロジェン)の影響を調査する手段として、魚類雄の血中に誘導されるビテロジェニン(Vg)の検出・測定の有効性が示されている。Vgはエストロジェンリセプターを介して肝臓で合成される卵黄タンパクの前駆体であり、本来、成熟期の雌で合成されるが、環境エストロジェンの影響を受けた雄においても血中への誘導が見られる。最近、硬骨魚類において2ないし3タイプのVgが見い出されてきている。これらには通常のVgとホスビチン(Pv)ドメインを欠くPvless Vgを含む。我々は、環境エストロジェンの海産魚への影響を調べる目的で、複数のVgの免疫測定系による調査法を確立し、マハゼ(Acanthogobius flavimanus)を対象とした全国的な野外調査を行った。また、環境エストロジェンの作用過程における魚類での特徴についても検討したので、それらについて紹介する。

 マハゼでは分子量53万のVgと32万のPvless Vgがタンパクおよび遺伝子レベルで検出された。環境エストロジェンの影響調査の確実性を高めるため、マハゼの2タイプのVgを精製して酵素免疫測定系(ELISA)を作製し、暴露実験、および野外調査に用いた。環境水中で主に検出されるエストラジオール17β(E2)、エストロン(E1)、ノニルフェノール(NP)、ビスフェノールA(BPA)についてマハゼを用いて暴露実験を行い、海水中の濃度と雄に誘導される2型Vg濃度との関係を明らかにした。その結果、E2は10ng/Lから、E1は27ng/Lから、NPは19μg/LからVg濃度の上昇が見られたが、BPAでは134μg/LでもVgは誘導されなかった。全国から採集したマハゼでの調査結果では、大都市沿岸の調査地点で10ng/LのE2暴露と同程度のVgが検出され、環境エストロジェンの影響が示唆されたが、水中のE2やNPはそれぞれ単独でVgを誘導する濃度には至っておらず、検出されたエストロジェン活性はE2、E1、NP等の複合作用によるものと考えられた。

 Vg合成開始期の雌血中E2濃度は数百pg/mlであり、暴露時の飼育水の最低有効濃度10ng/L (10pg/ml)と著しい隔たりを見せた。暴露を受けた雄の血中E2濃度を測定したところ、100ng/L暴露で1.95ng/ml、1,000ng/L暴露で1.72ng/mlと2〜20倍の濃度で血中に濃縮・蓄積されていた。E1、BPA、NP濃度についてもそれぞれ最大で約20倍、50倍および約450倍に高まった。魚類では、この濃縮作用により低濃度の環境エストロジェンにおいてもVg合成が誘導されることが示唆された。また暴露物質の血中タンパクの結合性を調べたところ、E2は性ホルモン結合グロブリン(SHBG)に、BPAとNPは他のタンパク分画(分子量約60kDa)に結合した状態で存在することが示唆された。