2.水産生物に対する影響実態と評価
1)魚類に対する影響実態と評価
(2)コリオジェニンによる影響評価
藤井一則(瀬戸内海区水産研究所)
1.はじめに
女性ホルモン(エストロゲン)活性を有する内分泌かく乱物質のバイオマーカーとして、魚類では卵黄蛋白の前駆物質であるビテロジェニン(Vg)が広く用いられている。一方、卵膜を構成する蛋白質の前駆物質であるコリオジェニン(Cg)もまた、Vgと同様にエストロゲンの作用によって肝臓で産生される。Cgは、その産生を引き起こすエストロゲン濃度の閾値がVgのそれよりも低いとの報告があり1)、環境水のエストロゲン活性を評価する上での高感度バイオマーカーとなることが期待される。ここでは、マコガレイのCgを指標とした影響評価法の開発および影響実態調査によって得られた知見を紹介する。
2.コリオジェニンの定量法開発
マコガレイの血液から液体クロマトグラフィーによりCgを精製した結果、分子量の異なる2種類のCgが得られ、37kDaのCgをCgL 、61kDaのCgをCgHと呼ぶこととした。これら精製Cgと精製Vgに対する抗体(a-CgL、a-CgH、a-Vg)を用いた時間分解蛍光免疫測定法(TR-FIA)により、各バイオマーカーの定量が可能となった。
3.エストロゲンによるコリオジェニンの産生誘導
天然エストロゲンであるエストロン(E1)、エストラジオール(E2)、エストリオール(E3)あるいは合成エストロゲンのエチニルエストラジオール(EE2)に雄のマコガレイを2週間曝露した。E1曝露の場合、CgLとVgが 30 ng・E1/L以上、CgHが100 ng・E1/L以上、E2曝露ではCgLとVgが10 ng・E2/L以上、CgHが30 ng・E2/L以上、EE2曝露ではCgLとVgが0.3 ng・EE2/L以上、CgHが1ng・EE2/L以上で産生が誘導された。なお、E3曝露では最高濃度区(1000ng/L)でもこれらバイオマーカーの産生誘導は認められなかった。エストロゲンに対する各バイオマーカーの感度を比較すると、CgHは若干低いものの、CgLはVgとほぼ同じ高感度バイオマーカーとして利用できること、閾値付近の極低濃度曝露ではVgよりもCgL の血中濃度が高まることなどが明らかになった。
4.広島湾におけるマコガレイの血中コリオジェニン濃度の季節変化
比較的清浄と考えられた厳島(広島県佐伯郡宮島町)周辺海域で漁獲されたマコガレイを調べた結果、雌では全てのバイオマーカーの血中濃度が12月にピークとなり、CgLが220μg/mL、CgHが290μg/mL 、Vgが2.9mg/mLに達するとともに、体生殖腺指数(GSI)のピークと時期が一致した。一方、春から夏の間、CgL及びCgHは雄とほぼ同じレベルにまで低下したが、Vgは8月を除き雄よりも高く、数μg/mL以上を示した。雄もGSIは12月にピークとなったが、CgHとVgは10月に各々1.9ng/mLと590ng/mLのピークを示し、CgLは夏から秋にかけて20〜30ng/mLの比較的高い値を維持する一方、冬から春の間は0.1〜2.9ng/mLと低い値が続いた。以上の結果から、これらバイオマーカーによって実環境における内分泌かく乱物質の影響を評価する際には、調査時期、対象魚の性別、成熟度等を考慮しなければならないことが明らかになった。なお、マコガレイ漁場付近の海水中には0.3ng/mLのE1が検出されたが、その他のエストロゲン及びエストロゲン様化学物質は検出されず、生殖腺にも異常は認められなかった。
5.東京湾におけるマコガレイの影響実態
過去にマコガレイの内分泌かく乱を示唆する報告2)があった東京湾を対象とし、湾口から湾奥に至る4地点で漁獲されたマコガレイの血中CgL、CgH及びVg濃度を調べた。各バイオマーカーの血中濃度を、前述の広島湾のマコガレイと比較した結果、雄のCgL及びCgH濃度に有意な差は認められず、Vgは湾口部では広島湾よりもむしろ低い値となった。また、生殖腺にも内分泌かく乱物質の影響は認められなかった。なお、我々の調査と同時に実施された東京農工大学高田助教授らの調査結果によると、海水中のエストロゲン及びエストロゲン様化学物質濃度をE2等量に換算した合計は、最も高い地点でも0.4ng・E2eq/Lに過ぎなかった。この値は、前述の曝露試験における各バイオマーカーの誘導に必要なE2濃度を大きく下回っており、バイオマーカーによる影響実態調査結果の妥当性が検証された。
6.今後の課題
エストロゲン様化学物質が水産資源に及ぼす影響を明らかにするため、各化学物質濃度と魚類の再生産に関連する諸因子(性比、産卵数、受精率、ふ化率、生残率など)との関連、及びバイオマーカーとの関連をより詳細に調べる必要がある。また、影響が懸念される他の水域あるいは他の魚種についても、複数年にわたる継続した調査を行う必要がある。
7.文献
1) Arukwe A.
et al. (1997):
Environ. Health Perspect.., 105, 418-422.
2) Hashimoto S.
et al. (2000):
Marine Environ. Res., 49, 37-53.