2.水産生物に対する影響実態と評価
2)アサリに対する影響評価手法の開発
浜口昌巳(瀬戸内海区水産研究所)

【目的】
 アサリは、都市部が多い内海・内湾域の河口干潟に生息しており、漁獲されるほか、潮干狩り等を通じて我々に馴染みの深い生物である。しかし、人間の生活域の近くに生息するということは、同時に、都市や工業排水、農薬、油濁、船底塗料等様々な人工化学物質に曝される機会が多く、それらの影響が懸念されている。本研究では、アサリに対する17βエストラジオ−ル(E2)様活性を持つ物質の影響を評価するための手法を開発するとともに、それを用いた野外での影響実態調査を行った。

【方法】
  1. アサリに対するE2様物質の影響評価手法の開発:アサリに産卵誘発処理を行って得た未受精卵及び精子を抗原として、それぞれに特異的なモノクロ−ナル抗体を作成した。それらを用いた酵素抗体法による卵および精子の検出系を構築し、誰でもが短時間でアサリの雌雄判別並びに精巣卵等の間性生殖腺異常を判定することができる簡易判定法を開発した。この手法について、アサリをE2およびその関連物質に曝露し、その有効性を確認した。曝露実験は、人工種苗生産によって得た平均殻長13mmのアサリを30個体ずつ30lのガラス水槽に収容し、飼育水中にE2の濃度が1、10、100、500、1000ng/lとなるように添加した。飼育は40日間程度行い、期間中、換水は一日一回実施し、餌にはChaetcceros spp.とPavlova lutheriを一日二回投与した。海水中のE2量はELISA法とLC-MSにより分析した。アサリの生殖腺の状態は上記方法と従来のパラフィン組織切片の結果を比較した。なお、上記、曝露実験は複数回実施した。
  2. アサリの遺伝的性推定法の開発:二枚貝独特のミトコンドリア遺伝様式を利用し、小林・上島によって報告されたアサリの雄・雌型ミトコンドリア塩基配列(AB065374-5)を基に、雌雄差を検出することができるPCRの系を構築し、アサリの遺伝的性の間接推定法を開発した。
  3. 野外影響実態調査:プロジェクト最終年度の2001年に他チ−ムともに東京湾をモデルとし、大規模な野外実態調査を行った。アサリの調査は東京農工大学と共同で行い、採取したアサリは上記手法による分析を行うとともに、アサリおよび同時に採取した海水や堆積物中のE2及びエストロゲン様作用を有する複数の有機汚染物質について分析を行った。

【結果】
 今回開発したアサリの生殖腺異常簡易判定法は感度が高く、実験的条件では精巣および卵巣中に卵および精子が1個以上あれば検出可能であった。また、E2の曝露実験では、E2濃度が500ng/lで27〜30%、1000ng/lで60〜80%の雄個体で精巣卵が観察され、今回開発した手法と相関係数は0.9以上であった。このことから、今回開発した手法は従来法の代替として使用できるということと、アサリにおいても海域では観察されていない高濃度のE2曝露によって内分泌かく乱作用が生じる可能性があることが示唆された。また、ノニルフェノ−ルはアサリに致死作用はあるものの、内分泌かく乱作用は無いことが明らかとなった。
 ミトコンドリアによる遺伝的性の間接推定法は、アサリのDNA抽出部位によって差異があることが明らかとなった。ただ、Passamonti and Scali(2001)の報告とは異なり、前部閉殻筋から抽出したDNAをテンプレ−トとしても検出可能ではないかという結果が得られたので、本研究ではこの部位から抽出したDNAを用いて遺伝的性を推定した。
 2001年の東京湾での影響実態調査の結果、湾奥の水域において精巣卵を保有する可能性の高い個体が高率で認められた。また、この地点では、他の地点と比較して遺伝的性と異なる配偶子を形成している個体の比率が有意に高く、内分泌かく乱を起こしている可能性が高かった。しかし、この地点の海水および堆積物中のE2様化学物質濃度は、アサリの飼育実験で間性を引き起こしたE2濃度に比較すると著しく低かった。今回の曝露実験では実施できなかった堆積物中のE2様化学物質のアサリ生殖腺異常に対する影響が危惧されるが、その原因については今後さらに検討する必要がある。
 以上の実態調査結果から、今後さらなる調査が必要ではあるが、E2様化学物質のアサリに対する影響は、都市排水や下水処理場排水の影響を受けやすい大都市近傍の一部の水域に限定されるのではないかと推測される。
Passamonti, M. and Scali, V.(2001) Curr. Genet., 39, 117-124.