ヘテロカプサは普段から高密度で存在する訳でなく、通常はごく低い密度でしか存在していない。しかし、水温や塩分が増殖に適当な状態になってくると急速に増殖し始め、ついには海水が着色し、「赤潮」となる。ヘテロカプサの場合、海水1ml中の細胞密度が1,000細胞/mlを越えると、ヘテロカプサ自身が有する色素の色を反映して海水が鉄錆あるいはココアを流したような赤褐色に着色する。写真は1992年に三重県英虞湾で発生したときの赤潮の映像である。茶色く濁っているのは泥などの濁りでなくすべてヘテロカプサである。
ヘテロカプサの赤潮は1週間から長い場合は数ヶ月に及ぶこともある。例えば1992年の英虞湾では、赤潮は増減を繰り返しながら、8月から11月までの3ヶ月間連続して発生した。
日本でヘテロカプサによる赤潮が最初に確認されたのは1988年(昭和63年)である。以来西日本沿岸に拡大し、毎年赤潮を形成して漁業被害をもたらしている。本種の発生発生件数は確実に増えており、海域によっては赤潮が「常態化」しているところも多い。
ヘテロカプサの赤潮発生が確認された海域を上図に示す。本種による赤潮は太平洋側は静岡県浜名湖以西、日本海側は福井県小浜湾以西で発生している。なお、日本以外でのヘテロカプサの分布状況は知られていなかったが、最近になって香港に本種が分布していることが判明した。香港では1983年と日本より早い時期に発生していたことから、本種が外来生物である可能性が高いと判断される。
ヘテロカプサ赤潮の主な発生海域は、九州北西岸域、瀬戸内海西部、三重県南部海域である。最も発生頻度が高いのは三重県の英虞湾で、1992年以来、6年連続で赤潮が発生している。瀬戸内海西部を除けば、黒潮や対馬海流の影響が強い海域が多い。
もう一つ注目されるのは、赤潮発生海域と二枚貝の養殖が盛んな海域とが重なっている点である。例えば英虞湾はアコヤガイ(真珠)、広島湾はマガキ、熊本県や周防灘(瀬戸内海西部)はアサリの養殖が盛んな所である。最近になって、ヘテロカプサが貝の移動に伴って分布を拡大することが明らかになってきており、人為的活動によって分布が拡大した可能性も十分に考えられる。
3)ヘテロカプサ赤潮の発生時期と増殖特性
ヘテロカプサ赤潮の発生時期を見ると、最も発生の頻度が高いのは、7〜11月にかけてである。これは本種が高温・高塩分環境下で良く増殖するという生理特性に由来するものである。培養試験によれば、ヘテロカプサは27.5〜32.5℃という高温において最も活発に増殖することが判明しており、これまで日本沿岸で赤潮を引き起こしてきた生物と比べると5℃以上も高い温度に適応している。先ほど述べたように、ヘテロカプサは元々日本沿岸の土着種ではなく、熱帯・亜熱帯海域から運ばれてきた外来生物である可能性が高い。
4)発生環境と水質
現在のところ、ヘテロカプサの赤潮発生と水質環境との関係はあまり分かっていない。発生海域は従来型の赤潮生物であるシャットネラやギムノディニウムとほぼ同じことから、基本的には富栄養化が背景にあるものと思われる。その一方で、都市や大規模な流入河川がほとんどない海域でも赤潮発生が見られることから、やや貧栄養的な海域にも適応する能力を有していると考えられていて、実際に低リン環境に対する適応性が高いという実験データも得られている。近年陸域からのリンの負荷が減少することにより、海域のN:P比(窒素とリンの比率)が上昇傾向にあるという指摘もあり、こうした水質の変化と本種の発生の関係についてはさらに詳細な調査が必要である。
5)中長期的な赤潮発生パターン
上図にヘテロカプサ赤潮の経年的な発生件数の推移を示す。ヘテロカプサ赤潮は、1980年代後半から発生しはじめ、90年代に入って急激に増加していることが分かる。
この長期的な赤潮発生の原因の一つとして、暖冬の影響が考えられる。例えば、最近の広域かつ大規模な赤潮は、平成1994年、1995年,
1997年, および1998年で、小規模だったのは1996年である。大まかではあるものの、暖冬の翌夏から秋に大発生しやすいという傾向が伺える。
ヘテロカプサはこれまでの赤潮生物と比較すると低温(10〜11℃以下)では全く増殖することができず、冬季にかなりの細胞が死滅していると思われる。この冬季に生き残った細胞が翌年の赤潮の供給源として重要であると考えられているので、近年の暖冬傾向と冬季の水温上昇が本種の蔓延を助長している可能性が高い。
周知の通り、西日本では80年代後半から断続して著しい暖冬傾向が続いている。まだデータ収集・解析が不十分であるものの、実際に日本沿岸では1980年代後半から沿岸域の冬季水温が上昇傾向にあり、これに伴い魚種交代が起きている海域もある。1990年代に入って熱帯・亜熱帯の生物(例えばミドリイガイPerna
viridis)が日本沿岸で確認されることが多くなっており、冬季水温の上昇が生態系に与える影響についてはさらに詳細な調査が必要である。