二枚貝類浮遊幼生の初期生活期における減耗要因の把握


[要約]
 二枚貝類は幼生の種判別が困難であるため初期減耗に関する実態把握が進んでいない。本研究では着底幼生の捕食減耗を解明するためモノクローナル法によるアサリ着底幼生の判別法を開発した。野外での検証試験の結果、二枚貝着底初期幼生の捕食減耗調査に有効な手法となることがわかった。また、流出重油及び紫外線(UV-B)がカキ浮遊幼生に与える影響を調べた。結果、これらが貝殻形成異常DNA損傷を引き起こすなど、海表面の浮遊幼生に著しい生理的影響を与える可能性が示唆された。
瀬戸内海区水産研究所 瀬戸内海海洋環境部 浅海生物生産研究室
[連絡先]  0829-55-0666
[推進会議]  瀬戸内海ブロック水産業関係研究試験推進会議
[専門] 生物生産
[対象] 貝類
[分類] 研究

[背景・ねらい]
 わが国の二枚貝類生産量は近年著しい減少傾向にある。この要因解明にあたって、初期生活期の減耗を把握することが重要課題であるが、幼生の種の判別が困難であるため、これまで殆ど手がつけられていなかった。捕食減耗解明の糸口として、生化学的手法の開発を行った。また、重油及び紫外線が浮遊幼生に及ぼす生理的影響を調査した。

[成果の内容・特徴] 

  1. アサリ初期生活期における捕食実態の把握手法の開発
     アサリの筋肉蛋白に対する種特異的なモノクロ−ナル抗体を用いてアサリの種特異タンパク質(以下ASP)を検出・定量するための酵素抗体法(ELISA)の系をサンドイッチ法で構築した。この系を用い実験的にアサリを投与したヒトデ、ヤドカリ、イソガニの消化管内容物のASP同定を行ったところ、消化管内容物の抗体の反応性は、捕食後時間の経過と共に低下し、温度の影響を受けることがわかった(図1)。従って、野外調査に適用する際には環境温度と捕食リズムを考慮する必要がある。稚貝着底期の天然アサリ漁場でイソガニを採取し、その消化管内容物中におけるASPの有無を調査したところ、約3−21%のイソガニ個体がアサリを捕食していることが明らかとなった(図2)。本法は野外における捕食減耗を把握する上で有効な手法となることが期待される。
  2. マガキ浮遊幼生に対するA重油及び紫外線(UV-B)の影響の解明
     正の走光性を持つカキ浮遊幼生に対するA重油及び紫外線(UV-B)の影響を、浮遊幼生の生残率、貝殻形成及び遺伝子異常の観点から検討した。A重油を混合した6倍及び10倍希釈海水による飼育では貝殻形成に異常が認められ、暫時へい死して30時間以内に全滅した(図3)。浮遊幼生には薬物代謝等に関連するP-450関連遺伝子群の発現が顕著で、有害物質の影響を排除する生理反応の発動が窺えた。また、ステロイド代謝関連酵素群の発現はA重油が内分泌撹乱作用をもつ可能性を示唆した。一方、紫外線照射によって浮遊幼生のDNAにせん断化が起こることが確認された。さらに、UV-B照射個体にはシャペロンタンパク質(HSP-90)等の発現が認められ、マガキ幼生体内で損傷したDNAの修復を行っている可能性が窺われた。UV-Bによるへい死個体に顕著な形態形成異常は認められなかった。実験の結果、夏季日中に地表へ降り注ぐレベルのUV-Bの照射を受けると海表面のマガキ幼生はへい死する可能性が示唆された。

[成果の活用面・留意点]

  1. この手法により捕食動物の特定など初期減耗を定量的に把握することが可能となった。ただし、調査に際し環境温度と捕食時間を考慮することが重要である。
  2. A重油やUV-Bが二枚貝浮遊幼生に与える生理的影響が明らかとなった。今後、現場環境に応じた浮遊幼生への影響を、野外調査を通じて明らかにする必要がある。

[具体的データ]


図1.イソガニに実験的にアサリを捕食させた後のモノクローナル抗体による消化管内容物のアサリ抗原の検出


図2.広島湾前浜漁場においてアサリ着定期に採取したイソガニの消化管内容物中のアサリ種特異タンパク質の定量結果(1つの点は1個体を表す。破線以上の検出量は捕食を表す。)

対象区
A重油混合海水
6倍希釈
A重油混合海水
10倍希釈
図3.A重油混合海水中で飼育したマガキ幼生の貝殻形態


[その他]
研究課題名:高次生物生産の構造と阻害要因
予算区分:経常、沿整、環境ホルモン
研究期間:平成10〜12年
研究担当者:浜口昌巳・薄 浩則・花村幸生
発表論文等:
浜口昌巳・佐々木美穂(2000)環境破壊が二枚貝類に及ぼす影響評価の試み.第14回ベントス学会講演要旨
浜口昌巳・佐々木美穂(2000)環境汚染物質によって二枚貝類の体内に何が起こるか?第14回ベントス学会講演要旨