砂質干潟の生物多様性調査

 1.砂質干潟の重要生

 砂質干潟は、生物生産性が高く水産業にとって重要な場です。アサリや海苔等の漁場として利用されていますし、他の魚類や甲殻類の成育場としても役に立っています。また、海水の浄化に砂質干潟が有効なのは、多くの生物の作用が働いているからだと考えられています。しかし、都市化の進行など人間活動が活発になり、砂質干潟の生態系機能も様々な人間活動に影響されていると考えられます。そこで、これらの影響を評価し適切な漁場管理を検討するための材料として、生物群集を対象とした現場の調査が必要となります。

 2.調査の前に

1.目的の検討

 野外調査には時間と労力がかかります。しかも、落雷や有害生物との遭遇等の危険もあります。これらのコストを上回るメリットが、科学的探求心とともに必要です。自分たちで野外調査をするメリットとして、「自分たちで現場の調査経験とデータを持つことができる」という良さがあります。この利点をより確実にするために、あらかじめ調査の目的を具体的に検討しておく必要があります。

 「今、目の前の干潟にはどんな生物が住んでいるのだろうか?」という疑問が生物群集調査の出発点だとすると、これを目的として「目の前の干潟の生物相を明らかにする」という調査ができます。これは「ある時点での干潟の姿を切り取った」という意味でスナップショット調査と呼びます。しかし、自然の姿は時間とともに変化します。季節によって干潟に生息する生物相が少しずつ変化するでしょう。年によっても変わるでしょうし、温暖化現象のように何年もかけて徐々に変化することもあります。時間の経過とともに同様の調査を繰り返すとモニタリング調査となります。
 「苦労して調査したけれど、一回きりの調査だと何の役にも立たないのではないか」と心配になります。しかし、過去や未来のデータと比較してみる、他の地域と比較してみる、さらに、他の人の調査結果と比較してみる、という風に視点を広げると、様々な検討が可能です。千里の道も一歩から。調査経験とデータは必ず何かの役に立ちます。  
 調査は目的のレベルによって分類できます(図1)。(1)現状を知る、(2)過去の施策の効果を知る、(3)現在または将来予定されている施策の効果を予測する、という3段階で難度が上昇します。先ずは現状の把握が必要です。




図1 目的による調査のレベル分け

 2.調査の対象
 生態系には様々な要素が含まれますが、大きく物理化学的要素と生物的要素に分けられます。温度・塩分・波あたり・底質(砂)の粒度・底質硬度・栄養塩濃度などが前者、生物群集の種組成・体サイズ・摂餌・繁殖行動などが後者になります。  
 生態系の要素のすべてを調査することは不可能なので、調査対象を絞り込む必要があります。そして、部分的な情報から生態系のより大きな部分を推測することになります。絞り込みの際に、生態系ピラミッド(図2)の概念が参考になります。大まかに考えると、砂質干潟で一次生産を担うのは底生微細藻類と海水中の浮遊性藻類です。これらを微小なメイオベントス(体サイズが1mm未満)が食べ、より体の大きなマクロベントス(体サイズが1mm以上)が食べ、さらに魚や鳥が食べます。一般的には、体のサイズが大きくなるほど、生態系ピラミッドの段階が上がり、移動能力も上昇し、寿命も長くなります。従って、大まかな感覚として、調査の対象生物のサイズを小さくすると、より細かな範囲の、より短い時間単位で生活する生物を対象にしていると考えられます。


図2 生態系ピラミッドの概念


 3.データ解析の見通し
 調査の前に、これから得ようとするデータを使うと、どのような解析が可能なのか、解析の方法を知っておくと便利です。生物群集の組成データが得られたら、多様度指数(多様度指数の計算:リンク)を求めて群集組成の複雑さを数値化できます。種類数も多様度指数の一つです。生物の密度と多様度の両方を組み合わせて数値化したい場合は、群集繁栄度(森下の群集繁栄度:リンク)が利用できます。さらに詳しく、いくつかの群集の比較や物理化学的環境との関連を調べたい場合は、群集多変量解析(Rによる群集組成の解析:リンク) の様々な方法が提案されています。

4.結果の表現方法と解釈  
 調査の内容は公表して情報の共有を進めるべきです。その際に重要なのは、読者の対象を想定することと、あくまで誠実に書くことです。調査方法は他の人が調査を再現できる程度に簡潔に、結果は客観的に記述します。解釈にはある程度の主観が入りますが、複数の解釈の可能性を検討しておくべきです。結果とその解釈を混同しないように気をつけましょう。これは、他の人がこの調査を参考にする場合に重要なポイントになります。もし、結果が主観的に表現されていると、かえって説得力が無くなります。調査を行うと想定外の結果が得られることがありますが、これが重要な発見の糸口になる場合もあります。ですから、不都合だと思えるデータだとしても、意図的に隠す行為は真実を遠ざけると考えるべきです。

3.調査許可  
 調査を行いたい場所が決まったら、その地域を管轄する漁協に事前に連絡を入れて、調査の許可を得る必要があります。

4.砂質干潟での調査方法の一例

・マクロベントスの群集調査
 干潟域の3地点にて、一辺20cmの方形枠を深さ10cmまで埋め込み、枠内の生物を底質ごと採集します(図3)。底質は1mmの篩で微細粒分を除去した後、篩上に残った生物を容器に収容し、エタノールを注入して、持ち帰ります。持ち帰った標本からマクロベントスを抽出し、種査定を行うとともに計数と湿重量の測定を行い、採集された生物の組成表を作成します。

図3 コドラート調査の写真

・メイオベントスの群集調査(リンクを作成中)
各調査地において、径2.9cmのコアサンプラーを用いて、表層0-5cmの砂泥を1定点につき3回採取して1サンプルとします。得られた砂泥に、最終濃度約5%となるようにホルマリンを注入して固定します。固定したサンプルを持ち帰り、1mmを通過し32μmの篩上に残ったメイオベントスについて、個体数の計数と同定を行います。

満潮時に来遊する魚類の調査(リンク
デジタルカメラを防水ケースに入れ、干潟に設置します。5分毎に一昼夜のインターバル撮影を行うと、満潮時に干潟に来遊する魚類を撮影することができます。

・細菌類の調査(リンクを作成中
各調査地において、3か所からコアサンプラー(径2.9cm)を用いて砂泥底表面から深さ1 cmの砂泥を採取します。採取した砂泥試料1.0gを無菌的に滅菌2.5%食塩水で段階希釈し、寒天平板法(マリンアガー培地使用)により生菌数を求めます。また、同様の希釈液を96穴プレート(バイオログ社)にて培養し、代謝活性を測定します。

◆参考文献
高田宜武・手塚尚明 (2016) 干潟漁場における多様度指数. 海洋と生物 227: 633-640


・森下の群集繁栄度


 群集の多様度指数は、シャノン(1D=exp(H’))やシンプソン(2D=1/D)のように基本的に群集内での各種の相対的な頻度に依存して決まる指数です。一定面積内の個体数、つまり密度が多くても少なくても、相対的な頻度が同じであれば、指数の値も同じになります。一方で、この密度の大小も群集の特徴を捉えるために大事な指標だと考えられます。

  そこで、森下(1967)は、多様度と密度の両者を加味した群集繁栄指数を考案しました。これは個体数Nと多様度指数(有効種数)2Dの積で表される合成指数で、N2Dに等しくなります。群集を構成する種を多い順に並べてi番目種の個体数が総個体数に占める割合をpiとします。感度パラメータqによってqD=(Σpiq)1/(1-q)と定義される多様度指数(多様度指数の計算:リンク)は、qの値を変化させることによって一連の多様度指数を作ることができます。これは、指数に対する優占種と希少種の貢献度のバランスを変化させていると解釈できます。同様に群集繁栄度でも、感度パラメータqに対応して一連の繁栄度指数を算出できます。群集繁栄度を数式で表すとNqD=N(Σpiq)1/(1-q)となります。

  群集繁栄度は、多様度指数よりも干潟の物理化学的な要因との相関が高い可能性があります。生産性や安定性等との関連について、今後の研究が期待されています。

◆参考文献
高田宜武・手塚尚明 (2016) 干潟漁場における多様度指数. 海洋と生物 227: 633-640
森下正明 (1967) 京都近郊における蝶の季節分布. 自然 中央公論社 pp243-279