瀬戸内海区水産研究所
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長井主任研究官に日本DNA多型学会優秀賞

 12月2日から3日,横浜市金沢区産業振興センターで開かれた日本DNA多型学会第13回学術集会で,赤潮環境部有毒プランクトン研究室の長井敏主任研究官に,学会賞である優秀研究賞が授与されました。日本DNA多型学会は1991年に設立された歴史の新しい学会で,「ヒトおよび他の生物にみられるDNA多型の解析・応用に関する研究の進歩・発展に寄与することを目的とした学会活動」が行われており,学術審議会に医学系で認可された団体です(一般会員514名)。活動内容からも推察されるように,会員の専門分野は基礎医学臨床医学(法医学・法歯学を含む)を中心に,動物学,植物学,農学,獣医学等多岐にわたっています。水産分野の会員は少ないのですが,分子生物学分野のこのような先導的な学会で,水産分野として初めて学会賞を授与されたことは,誠に喜ばしいことです。

 長井さんの今回の受賞論文は「マイクロサテライトマーカーによる日本沿岸域に分布する有毒渦鞭毛藻Alexandrium tamarennse個体群の遺伝子構造の解析」(長井敏・練春蘭・浜口昌巳・松山幸彦・板倉茂・宝月岱造)です。A. tamarennse(アレキサンドリウム・タマレンセ)はカキやホタテガイなどの毒化の原因となる代表的な有毒プランクトンですが,以前は北海道など日本の北部に出現が限られていました。しかし,近年,その分布域が飛び火的に拡大し,西日本海域でもしばしば出現するようになり,有用貝類毒化の原因となっています。そして,その分布拡大経路の解明は手つかずのままとなっていました。何故なら,これまでの分類は形態を基準としていますので,種の違いは判別できますが,地域的に異なる場所に分布する同種のプランクトンについて,その起源を解明することは困難であったためです。赤潮研究の分野に分子生態学的手法を導入してこの問題に挑んだのが長井さんです。

 まず,A. tamarennseの遺伝子配列を精査し,13個のマイクロサテライト・マーカーを開発しました。マイクロサテライトとはDNAの塩基配列に見られる短い塩基(2〜6塩基)の反復配列のことで,同種であっても反復回数に個体差があり,遺伝するため,その違いに地域差があるか否かに着目したわけです。そして,北はオホーツク海沿岸から南は広島市太田川河口域,それに韓国鎮海の10ヶ所から得られたA. tamarennse株(各地点約50株,計約500株)について,個体群間の遺伝的構造と類縁関係を解析し,海域間の移動・交流がないことを証明しました。この結果,分布拡大は人為的になされていることが初めて裏付けられました。詳細はまた次の機会に,ご本人から紹介して頂こうと思います。

 新しい手法の導入や多くの試料の入手など,幅広く厚みのある研究はどん欲な探求心と磊落な人柄がなしえた技だと思います。今回の受賞研究は瀬戸内海区水産研究所の同僚やご指導頂いた東京大学関係者の協力の上で成し遂げられたものでした。風の噂ではある後輩が,長井さんのことを「暴走族のような人」と評したそうです。いつも朝早くから夜遅くまで実験室にこもり,机に着くのはデータ解析と論文を書く時だけ,しかし,昼休みはボールを追ってサッカーに興じている。自分で決めた目標に向かって,脇目もふらず疾走する姿は言い得て妙かも知れません。夢は,「近年,世界的規模で出現する有毒プランクトンの分布拡大に及ぼす人為的影響を,分子生態学や集団遺伝学的手法を駆使して解明すること」だそうです。今後の活躍を期待してやみません。

【関連情報】
日本DNA多型学会
平成16年度研究成果情報「貝毒の原因となる鞭毛藻類の分布拡大は人為的要因によることを解明」(pdf)