☆ウラウズガイ増加の謎を生態から考える(コラム)

 ウラウズガイはサザエ科に属する小型の巻貝で、貝殻の底面やフタが鮮やかな紫色をしているのが特徴です(図1)。この種は、長井地先の生物相調査で海中林衰退後に個体数を増加させており、特に人工礁の底生動物群集においては現在優占種となっています。なぜウラウズガイはここまで増加したのでしょうか?その謎を解くカギを探すため、我々はウラウズガイという種の生態について調べることにしました。

図1 ウラウズガイの外部形態(左)と海底の岩の上での様子(右)。

  バテイラなど多くの植食性の巻貝は、天敵となる肉食性動物から身を守るため、日中は岩の下、大型海藻の根元や葉の隙間などに隠れ住む性質を持ちます。しかし、ウラウズガイは日中も岩の上や側面に露出した状態でいることが多く、物陰に隠れる行動をあまりとりません。また、サザエやオオコシダカガンガラ(Omphalius pfeifferi carpenter), バテイラの亜種)等の植食性巻貝類と比べ、ウラウズガイが1日に移動する距離はとても短いという報告もあります1。このような生態で、なぜウラウズガイは天敵に食べ尽くされてしまわないのでしょうか?その理由を探るため、岩礁域における強力な肉食性動物であるマダコ(Octopus vulgaris)に、ウラウズガイと他の巻貝類を餌として与える行動実験を行いました(図2)。すると、驚くべきことにウラウズガイはアワビ類やバテイラ等と比べて明らかに食べられにくいことが分かりました。マダコはウラウズガイを含む巻貝類を腕で捕らえて抱えこみ、すきを見て食べようとしますが、他の巻貝類が食べ尽くされた後でも多くのウラウズガイは生き残っていました。これは貝殻や蓋が分厚く頑丈であることや、マダコに抱えられた状態でもじっと動かず、足を外になかなか出さないことによるものと考えられます。海中林が衰退した後には、隠れる場所が減るため、多くの巻貝類にとって肉食性動物に発見される危険性が高まると考えられます。しかし、ウラウズガイは天敵に見つかっても生き残る確率が高いため、海中林衰退後も大胆に岩の表面に居座れると考えられるのです。加えて、多くのウラウズガイは貝殻に無節サンゴモなどを付着させているため、天然の岩の上では目立ちにくいということも生き残りに影響している可能性があります(図1)。さらに、人工礁を構成する基質は波などで動くことがほとんどないため、基質上に居座り続ける上で都合が良いものと考えられます。



図2 マダコに複数の巻貝類を捕食させる行動実験の様子。
   この結果から、ウラウズガイはマダコから捕食されにくいことが分かった。

 ウラウズガイは一般に植食性とされていますが、実際には何を食べているのでしょうか。これを知るために胃内容物を分析したところ、主に岩の表面に付く微細な藻類(付着珪藻)を削り取って食べていることが分かりました。また、飼育実験から、ある程度大きく育ったカジメの幼体はほとんど食べられないことが示唆されました。ホンダワラ科の海藻の一種マメタワラ(Sargassum piluliferum)についても、7 mm程度の長さであればウラウズガイに食べられないという報告があります2。このことから、こうした大型の海藻の現存量が減ったとしても、ウラウズガイは直接の餌不足には陥りにくいと考えられます。これは、海中林が衰退した環境において他の植食性巻貝よりもウラウズガイにとって有利な点の一つと言えます。特に冬場は付着珪藻が生えにくいため、海中林がない環境では途端に餌不足となり、食物をめぐる争いは激しくなります。こうした時期でも、ウラウズガイは他の巻貝と違って岩の上や側面に堂々と居座ることができるので、ほとんど移動しなくても生えてきた微細藻類にありつけます。こうした「省エネ」な生活スタイルのため、ウラウズガイは他の巻貝よりも飢餓に強いと言えそうです。
 次に、繁殖について考えてみましょう。バテイラやアワビ類などは卵や幼生の分散できる距離が長いため、遠く離れた場所に次世代を定着させ、生息場所を拡大することができます。これに対し、生息場所を広げることよりも、生き残りの良い条件が保障されている親の近辺に次世代を定着させることを狙った戦略もあります。ウラウズガイの繁殖と初期生態についてはまだよく分かっていませんが、後者に近い戦略をとっているであろうことは、長井地先の人工礁で採集されたウラウズガイのサイズ組成から推測できます。上に述べたように、海中林が衰退した後の人工礁の環境はウラウズガイの親個体にとって生存に有利な条件がそろっていました。つまり、ウラウズガイは、生き残りの良い人工礁で繁殖と成長を繰り返すことで、年々個体数を増加させてきたと考えられるのです。
 ウラウズガイは、攪乱が少なく過度に安定的な環境、海中林衰退状態が持続している岩礁域で個体数が多くなるため、経済的価値が低い状態に陥っていることを示す指標にもなります(前章の図9参照)。上に書いたようにウラウズガイは大型海藻をほとんど食べないので、海中林衰退の直接の原因になるとは考えにくいですが、基質に着生した直後の微小な海藻の幼体は付着珪藻と一緒に削り取ってしまうと考えられ、あまりにも高密度の状態では海中林の回復を妨げる可能性があります。幸いなことに、岩の表面に住んでいるため捕まえやすく、分散能力も低いと考えられるため、比較的駆除により個体数を制限しやすい種と言えそうです。
 ウラウズガイは小型で目立たず、一般に食用にもなっていない巻貝のため、これまでに得られている知見は非常に限られていました。しかし、神奈川県長井地先での継続的な調査により、ウラウズガイの知られざる生態と海中林の衰退過程との関わりが少しずつ明るみになってきました。もしかすると、他にも生態系の中で大きな役割を演じている種が、人々が気にも留めないような生物の中にも存在するかもしれません。こうした生物相調査を通して、これからも新しい発見がどんどん生まれてくることが期待されます。

◆引用文献
1.伊藤祐子・林育夫(2001)日本海の浅海岩礁域で優占する植食性巻貝3種の日周行動. 日本水産学会誌, 67(6), 1089-1095.
2.尾形梨恵・高木康次・御宿昭彦・藤田大介(2016)静岡県内浦湾における中層網式母藻移植によるガラモ場回復の試み. 日本水産工学会誌, 52(3), 177-184.